:ローマ帝国【1】その少子化対策

作家塩野七生はイタリア史を通して現代日本社会への提言を行っている。彼女によると、ローマ帝国もかつて深刻な少子化の進行に直面していたのだという。
Source:日経新聞2005年1月1日

  • ポエニ戦争カルタゴに勝った紀元前二世紀までは、ローマ市民の女性が10人ぐらい産むのは珍しくなかった
  • パクスロマーナの時代になると、特に指導者層がだんだん子どもをつくらなくなる
  • ギリシャに比べて女性は地位や教育水準が高く、結婚しなかったり離婚したりしても不都合はなかった
  • 少子化を懸念した初代皇帝アウグストゥスは未婚の女性にいわば『独身税』を課したり、能力が同じなら、子どもが多い男性を優先的に公職に採用したりして結婚と出産を奨励した
  • まだ少子化がそれほど深刻でなかったにもかかわらず手をうった──結果的にこの制度は300年近く続き、抑止力として相当な成果を挙げた

これらの論点を踏まえ、日本社会がいますぐに実践できる施策は次の諸策だという:

  • 子どもを持つ家庭に徹底的な経済援助をすべき:税金の控除のような中途半端なものではなく、子どもが4人いれば、手当てだけで食べていけるぐらいの援助を。
  • アウグストゥスにならい、キャリア面でも子持ちの人が得をする制度をつくる
    • 子育て家庭に手厚い経済的援助をしている欧州でも、職場の優遇策まではやっていない
    • 日本はまもなく総人口が減り始めるのだから、先鞭をつけて実践すればよい
  • 私企業が率先して『子どもが二人以上いる社員は終身雇用を保証する』と宣言したらいい
  • 女性の場合、仕事と家庭の両立は男性より困難:ゆえに子どもが多ければそれだけで1階級の昇進をさせるべき
  • 世界に散らばる日系人を活用すべき
    • 古代ギリシャでは、いったんポリスを離れた人と本国との関係が非常に弱かったのに対し、ローマは国外に出ていった人も帝国という大きな『ファミリア/家族』の大切な一員と考え、本国とのつながりを大事にした
  • 全国一律に移民を受け入れなくとも、アジアに近い九州や沖縄が率先して受け入れてもいい

カエサルはかつて、属州に住む人々にも市民権を与え、特に優秀な人物には元老院議席まで与えたという。やがて、この政策に反発する政敵ブルータスらによって殺されてしまうが、こうした開国主義はローマ帝国の基本政策になっていく。
 911以降、アメリカへの移民・入国はその審査を厳しくする一方である。塩野氏は、こうした時勢こそが──アメリカが人々を惹きつけるその磁力を弱めている今こそが──世界の人材を日本に呼び寄せるチャンスなのだという。
 戦後日本で最高にうまくいったキャンペーンは、『所得倍増』計画であったことを回顧しつつ、塩野氏は、少子化対策も子どもをもつことのメリットを具体的に示すことが肝要なのだと説く。ローマ人はかつて、「頭脳でギリシャ人に劣り、技術でエトルリア人に劣り、経済力でカルタゴ人に劣る」と評されていたのだと言う。にもかかわらず、彼らに勝ち、覇権を打ち立てることができたのは、持てる力を戦略的に活用する能力にたけていたからであるという。
 現ブッシュ政権の主要メンバーが殺人的に多忙なスケジュールの合間を縫ってまで、ローマ帝国に関する勉強会を開催していることは有名なエピソードであるが、なるほど、塩野氏の発言を読み返してみて、ローマから学べることは2000年を経た今なお多いのだと再認識した。